ご無沙汰してます。
最近はチャンネル登録者500人になりコミュニティ機能が解放されました。
Twitterとブログとコミュニティと、テキスト媒体がいろいろ散らばってるので使い分けが難しいですね。個人的にはあんまり悩まないのですが見る側にはご負担おかけしてしまうかもです。
さて、今日はマレーシアのフリーゲームVtuber・Murazraiさん(
)から頂いた「Japanese Freeware Gaming Scene: A Foreigner Looking In」(直訳:日本のフリーゲームシーンについて:外国人からの視点)という記事についての返信になります。元記事のリンクはこちら。
4ヶ月間お待たせしてしまいました。本当に時事性というか、即レスとかができないマイペースで申し訳ない…。
全文英語ですのでDeepL翻訳ベースで自分も読みました。
まずこの記事を書かれた目的としてはこのように書いてあります。
「フリーゲーム界隈をよりよくするための提案」をしたいというのが主旨とのこと。
B. Purpose
I like Japanese freeware games. I have been in this scene as a player for almost a decade. At the meantime, I want to share my experiences as a gamer, a developer and a streamer in the scene to everyone, on top of giving suggestions to improve the scene. As such, I am open to everyone to provide responses to this document.
<ご留意事項>
・返信は日本語で書かせていただきます。
Dear Murazrai: Please allow me to reply in Japanese. I will do my best to make it easier to translate.
・極力この記事だけでMurazuraiさんの提言の内容がわかるようにもしたいのですが、全文引用はできないので基本は元ドキュメントありきの返信になります。気になる部分は適宜原文をご参照ください。
【海外プレイヤーに日本のゲームがアプローチしづらい現状について】
E.The landscape – Past to Present
F.The Barrier: A Wall That Separates Regardless of Thickness
ここでは海外でのゲーム人気について書いています。日本のフリーゲームは海外であまり人気がない。でもいわゆるソシャゲなどは翻訳されてなくても人気なものがある?なぜなのか。
Murazraiさんはその原因を言語の壁”だけ”でなく「コミュニティの分断」とみています。
プレイヤー側:海外ではACT、SRPG…というようにジャンルごと分断
開発側:ゲーム開発ツールでのコミュニティ分断。
そのため「コミュニティがひとつとなって宣伝する」という現象が起きづらく、小さくまとまってしまう。また、海外ではフリゲという枠じゃなくジャンルでのコミュニティが多いので競争相手が商業ゲームも入ってきてしまうそうです。
ソシャゲはサイゲなどのブランドが強くコミュニティが大きいために伸びているのだと分析します。
私の意見:
海外コミュニティの話題は知らなかったので勉強になりました。この話はおそらく「日本と海外の違い」というよりも「プレイヤーと開発側の違い」ですね。私も、昔は開発ツールなど意識せず、アドベンチャーやJRPGといったジャンルでしかゲームを見ていませんでした。ゲーム開発者は、ゲーム開発の過程で技術を共有する必要があるためツール単位でのコミュニティを形成している。プレイヤー側の事情に合わせた「アクションゲーム開発者が、アクションゲームのプレイヤーに向けて宣伝する」ことができれば、宣伝力は増すと推察します。
また「Action Editor4」のゲームがプレイされづらいというのは残念なことです。Murazraiさんの言うとおり、宣伝の影響力は開発ツールの知名度に依存するため、確かにAction Editor4のゲーム情報が回ってくることはほぼありません。
現状、この問題を解決するためには「ゲームジャンルで分断されたコミュニティ」で活動するプレイヤー側が、アクションゲームの情報として宣伝することが一番の解決策だと思います。つまり、Murazraiさんの活動は合っているはず…なのですが。
【ゲーム実況・配信について】
J. Streaming Permissions, Clipping & Copyright: The Price of Control
L. Content Monetization: An Ethical Dilemma
ゲーム配信についての記述。ストリーミングが一般化してきてからは、日本でも配信規約の話題は度々話題に上がります。
基本的には「収益化できないこと」のメリット、デメリットが論じられています。(もちろんルール化されているなら従う前提として)
私の意見:
フリーゲームに限らず、趣味の領域をビジネス化することが非常に繊細な問題だと考えています。「無料のゲーム=フリーゲーム」というのは趣味の領域のものだと考えます。
「無料で公開しているものを使って、ストリーマーがお金を稼ごうとする」ことに抵抗感があるのはわかる一方、なぜ大変な労力を使っているのにそもそも無料で公開されているのか。各々理由は違うと思いますが、多くの理由は「お金を稼ぐため=商品としてではなく、ゲームを作りたいから作っているから」ではないかと思っています。
(これは自分がイラスト、音楽などを制作し無料で公開するときの思考を参考にしています)
日本では”コミケ”などのイベントで頒布される同人誌を、転売することは非常に嫌われます。それは転売行為が「収益化」のためだけの行為で、同人活動の主目的である「好きなことを共有する、楽しむ」ことに強く反するビジネス行為、マネタイズ行為だからです。
心理的抵抗感から収益化を拒否している方の多くはこの要因が大きいのではないかと推察します。
将来的に有料のゲーム作品を開発したいと考えている人、プロのゲーム開発者となるための準備のためフリーゲームを公開している作者さんは収益化への抵抗感も薄いように感じます。(素材規約上の配信禁止を除く)
同時に、収益化できないことは上でも触れたように「ゲームで使われている素材の規約」の問題も多く見かけます。ここについては規約の整備が追い付いていない範疇だと思っています。
「ゲーム実況動画」は素材の二次利用にあたるのか? 「素材をつかった収益化」にあたるのか? というのは非常に微妙な問題だと思っています。いずれにせよ「プレイヤー・配信者はゲームの規約に従う」ことですね。よいか悪いか決まっていないことは、それを認識して行わないのがもっともクリーンな活動だと思います。
<全体として>
目的を持った活動、そして敬意を持った上での意見の提言に最大限の賛辞を送ります。
日本のフリーゲームシーンは上にも書いたように基本は「趣味の場所」としてあると思います。最近ではインディーゲーム(狭義。有料の個人開発ゲーム)との境目が薄くなったり、SNSが発達したことで周りが見えやすくなったりしたことでゲームの宣伝や収益化という問題がますます関心を集めていると思いますので興味深い記事でした。
フリーゲームシーンの活性化のためには、開発者が安心して楽しく開発に取り組める環境が整備されるのが一番だと思っています。たくさんプレイされてほしいという欲求は当然のものです。
一方で、個人の勝手な想いとしては制作者は制作に集中して楽しんでもらいたい。個人活動者なら自作品の宣伝も責任のうち、とも思えますが、宣伝が得意ではなくゲームが面白い人が不利になるのは結局「ビジネスライク」に思えます。
改めて、少しでも作者さんが楽しく制作できるようになってもらいたい、宣伝に貢献したいという気持ちになりました。
Thank you Mr.Murazrai.
I dedicate this text to my friend in Malaysia.